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【経営者必読】マタハラ判例で学ぶ、その一線。あなたの「配慮」、違法かもしれません。
「妊娠の報告を受けた。現場の負担を考え、一時的に楽な部署へ異動させてあげよう」
「育休から復帰するが、時短勤務では元の役職の責任は果たせない。少し等級を下げて、無理なく働ける環境を…」
経営者として、従業員を思うあなたのその「配慮」、本当に大丈夫でしょうか?
良かれと思ったその判断が、実は「マタニティハラスメント(マタハラ)」と認定され、法廷闘争という悪夢の入り口になる可能性があるとしたら…。
この記事は、そんな経営者、人事責任者のための「企業の健康診断ガイド」です。
過去、マタハラと診断され、社会的な信頼と経済的な損失を被った企業の「カルテ」=「マタハラ 判例」を徹底的に読み解き、あなたの会社が”健康”を維持するための予防策を処方します。
【カルテNo.1】良かれと思った「降格」が違法に。- 広島中央保健生協事件 –
まず、一枚目のカルテを見ていきましょう。これは、日本のマタハラに関する考え方を根底から変えた、極めて重要な判例です。
患者名: 社会福祉法人 広島中央保健生協
症状の経緯:
- ある女性職員は、リハビリ部門の「副主任」として活躍していました。
- 彼女は妊娠し、身体への負担が軽い別の部署への異動を希望。会社はこれを認めました。
- 無事に出産を終え、育児休業から復帰。しかし、会社は彼女を元の副主任の役職には戻さず、役職のない別のポジションを命じました。
- これを不服とした彼女は、「妊娠・出産による不利益な取り扱いだ」として会社を提訴しました。
あなたなら、この会社の判断をどう思いますか?「本人の希望で異動したのだし、育休復帰後の立場が変わるのは仕方ない」そう考えるかもしれません。
しかし、最高裁判所の下した”診断結果”は、多くの経営者の想定を覆すものでした。
最高裁の”診断書”:その降格は「原則無効」
2014年10月23日、最高裁判所は歴史的な判断を下します。(参照: 裁判所ウェブサイト 裁判例結果詳細)
妊娠中の軽易業務への転換は、あくまで母体保護のための例外的な措置である。
育休復帰後は、原則として元の役職に戻さなければならない。
本人の自由な意思に基づき、降格を積極的に受け入れたと認めるに足りる特段の事情がない限り、その降格は男女雇用機会均等法 第九条三項に違反し、無効である。
これが、このカルテから我々が学ぶべき最大の教訓です。
ポイントは「原則無効」と「特段の事情」という部分。「育休復帰後に元のポストがない」といった会社の都合は、原則として通用しません。会社側が「本人が心の底から納得して、積極的に降格を受け入れた」ということを、客観的な証拠で証明できなければ、その人事は違法と判断されるのです。
このように、このマタハラ判例は、会社が行う「配慮」と、法律が禁じる「不利益な取り扱い」の境界線を、社会に明確に示したのです。
なぜ企業は”発症”するのか?法律が仕掛けた「企業の立証責任」という重い枷
「でも、うちはマタハラが目的じゃない。純粋に経営判断として、あるいは配慮としてやったことなんだ」
そう反論したくなる気持ちは分かります。しかし、なぜ裁判では企業の言い分がなかなか認められないのでしょうか。
その答えは、男女雇用機会均等法という法律の構造そのものにあります。
この法律は、妊娠・出産した女性労働者を守るため、企業側に極めて重い責任を課しています。それが「立証責任の転換」です。
男女雇用機会均等法 第九条三項
(要約)事業主は、女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、その他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
「妊娠が原因ではない」ことの証明は、なぜこれほど難しいのか?
ここには、こう書かれています。
「妊娠・出産・育休取得などをきっかけとして、その前後になされた不利益な取り扱い(降格、解雇、減給など)は、妊娠・出産などが”原因”で行われたと法的に推定する」と。
これは、企業にとって恐ろしいルールです。
つまり、社員から「マタハラだ!」と訴えられた場合、
「いいや、これはマタハラではない!妊娠とは全く関係なく、本人の能力不足や経営上の必要性から判断した、正当な人事だ!」
ということを、すべての証拠を揃えて完璧に証明する責任が、100%会社側にあるのです。これができなければ、会社は負けます。
そして、この「証明」がいかに難しいかは、想像に難くないでしょう。「言った言わない」の水掛け論になりがちな労務問題において、客観的な証拠だけで「妊娠とは無関係」と証明するのは至難の業なのです。
【予防医学のススメ】あなたの会社を”健康”に保つ4つの処方箋
では、どうすればこの深刻な病を未然に防ぎ、”健康経営”を維持できるのでしょうか。
今日からすぐに始められる、4つの処方箋を提案します。
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【処方箋1】経営陣・管理職への「知識のワクチン接種」
まず、経営者と管理職が「何がマタハラにあたるのか」を正しく理解することです。厚生労働省が発行するガイドラインなどを活用し、研修を実施してください。「知らなかった」は、法廷では通用しません。
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【処方箋2】形骸化させない「相談窓口(カウンセリング室)」の設置
ハラスメントの相談窓口設置は、今や事業主の義務です。しかし、それが機能していなければ意味がありません。プライバシーが守られ、相談したことで不利益を被らないと誰もが信頼できる窓口を本気で運用してください。
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【処方箋3】コミュニケーションの「カルテ(面談記録)」を残す
妊娠報告から産休前面談、復帰前面談まで、従業員とのコミュニケーションは必ず記録に残しましょう。特に、役職や待遇の変更について話す際は、必ず書面で内容を提示し、「本人の自由な意思による同意」があったことを明確に残してください。これが、万が一の際の会社の命綱になります。
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【処方箋4】就業規則という「健康診断マニュアル」の整備
就業規則に、マタニティハラスメントを許さないという会社の方針を明確に記載し、全従業員に周知徹底します。さらに、どんな行為がハラスメントにあたるのか、具体例を挙げて示すことが有効です。
まとめ:マタハラ対策は未来への投資
マタハラ対策は、訴訟を避けるためだけの消極的なリスク管理ではありません。むしろ、それは全従業員が性別に関係なく、ライフステージの変化を乗り越えながら安心して能力を発揮できる、真に強くしなやかな「健康な組織」を作るための、未来への投資なのです。
あなたの会社は、健康ですか?
手遅れになる前に、一度、自社の”労務管理”という身体を、じっくりと診断してみてはいかがでしょうか。
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