労務管理

会社の時季変更権は万能じゃない!適法と違法の境界線を2つの判例で徹底比較

会社の「時季変更権」は万能じゃない!適法と違法の境界線を2つの判例で徹底比較

はじめに:時季変更権とは?

「この繁忙期に、どうしても休みたいと部下が言ってきた…」
「会社から、楽しみにしていた旅行の直前に『休むな』と言われた…」

年休の取得は、経営者と従業員の双方にとって悩みの種になりがちです。なぜなら、従業員には好きな時に休む「時季指定権」がある一方で、会社側にも事業の運営が妨げられる場合、取得時季を変更してもらう「時季変更権」が認められているからです。

しかし、この時季変更権は万能の力ではありません。もし会社が権利を濫用すれば、違法と判断されるリスクもあります。では、一体どこにその境界線は引かれているのでしょうか?

この記事では、2つの最新判例を「権利の天秤」に乗せ、徹底的に比較・分析します。具体的には、「違法」な京王プラザホテル札幌事件と、「適法」なJR東海事件を取り上げます。そうすることで、裁判所の判断を分けたポイントを解き明かし、健全な関係を築くための指針を提示します。

天秤を揺らした2つの事件:何が争われたのか?

私たちの「権利の天秤」の上で、対照的な判断が下された2つの事件。まずは、それぞれの物語の概要を見ていきましょう。

ケース1:【違法】娘の結婚式か、会社の壁か – 京王プラザホテル札幌事件

物語のあらすじ

ホテルの従業員Xさんは、娘の結婚式のため、約2ヶ月前に年休を申請しました。しかし会社は、渡航は服務規律違反だと主張。そして、休暇開始日の前日に時季変更権を行使し、渡米を阻止しました。その結果、Xさんは娘の晴れ舞台に立ち会えませんでした。

天秤の上の主張

  • 従業員側: 「娘の一生に一度の結婚式。2ヶ月も前から申請し、準備を進めてきた。直前の変更はあんまりだ。」
  • 会社側: 「コロナ禍という未曾有の事態。従業員と顧客の安全を守るため、海外渡航を伴う休暇は認められない。事業の正常な運営のためだ。」

裁判所の判断(札幌高裁)

会社の時季変更権の行使は、違法(権利濫用)と判断されました。裁判所が特に問題視したのは、権利行使のタイミングです。つまり、「もっと早く判断できたはず。休暇直前まで引き延ばしたのは不当に遅すぎる」と結論付けたのです。

引用元: 年休時季変更権行使で海外結婚式の妨害は違法?【京王プラザホテル札幌事件】

なぜ判断は分かれた?「権利の天秤」を傾ける3つの重り

正義の女神が持つ天秤のイラスト。片方に「事業の運営」、もう片方に「従業員の権利」が乗っている。
事業の運営と従業員の権利、そのバランスが重要

なぜ、この2つの事件で司法の判断は真逆に分かれたのでしょうか。それは、「権利の天秤」に乗せられた、目には見えない「3つの重り」の重さが違ったからです。

重り①:事業の性質と代替要員の確保の難易度

【JR東海】

まず、新幹線の乗務員は、高度な専門知識と資格が求められます。そのため、誰でも代わりが務まるわけではありません。また、突発的な需要変動に対応するため、常に柔軟な人員配置も必要です。裁判所は、この「代替が極めて困難」という特殊性を重く評価しました。

【京王プラザホテル】

一方でホテル業も専門性はありますが、特定の従業員一人でなければ業務が回らない、という状況は稀です。事実、会社側は、Xさんの代わりを確保するための具体的な努力を十分に示せませんでした。

重り②:権利行使のタイミングの適切性

【京王プラザホテル】

天秤を決定的に傾けた最大の重りがこれです。会社は、Xさんが休めない可能性を認識していたにもかかわらず、休暇開始の前日まで判断を先延ばしにしたのです。これは従業員の計画の自由を著しく侵害します。だからこそ、裁判所は、この「不当に遅い権利行使」を権利濫用とみなしました。

【JR東海】

これに対して「5日前」というルールは、一見すると従業員に厳しいものです。しかし、これは就業規則で定められた予測可能なルールでした。したがって、乗務員もそれを認識した上で勤務していたのです。このように、ルールに則った運用であった点が、適法性の判断に繋がりました。

参考: 有給休暇の時季変更権とは?わかりやすく解説 – 咲くやこの花法律事務所

重り③:労使間のコミュニケーションと配慮義務

【京王プラザホテル】

裁判では、会社がXさんの休暇目的(娘の結婚式)を知っていたことが判明しました。それでも、代替案の検討や調整に十分な配慮を欠いていたのです。このように、従業員の人生の重要なイベントに対する配慮を欠いた対応が、心証を悪くした側面は否めません。

【JR東海】

一方、JR東海は乗務員の年休取得希望を事前に集約し、シフト調整を行っていました。つまり、完璧ではないにせよ、従業員の希望を可能な限り叶えようとする制度上の努力が認められたのです。

比較まとめ

比較ポイント 京王プラザホテル札幌事件(違法) JR東海事件(適法)
事業の性質 代替要員の確保が比較的容易 高い専門性、代替要員の確保が困難
行使のタイミング 休暇の前日(不意打ち的) ルール化された5日前(予測可能)
会社の配慮 調整努力が不十分、配慮に欠ける 制度として調整努力を行っている
天秤の傾き 従業員の権利保護へ大きく傾く

あなたの会社の「天秤」は大丈夫?労使双方で築く健全な休暇文化

これら2つの判例は、私たちに重要な教訓を教えてくれます。すなわち、時季変更権はあくまで労使の権利バランスを調整する弁であり、会社の都合を一方的に押し通すためのものではありません。

企業(経営者・人事担当者)が心に刻むべきこと

  1. 代替要員の確保に全力を尽くすこと。「人がいないから」を理由にする前に、業務の標準化や応援体制の構築が不可欠です。なぜなら、恒常的な人員不足を理由とした行使は認められないからです。
  2. 権利行使は「迅速」に行うこと。時季変更権を行使する可能性があるなら、速やかに従業員に伝え、協議の場を設けるべきです。ご存知の通り、直前の「ダメ出し」は信頼関係を破壊します。
  3. ルールを明確にし、就業規則に整備すること。事業の特性上やむを得ずルールを設ける場合は、合理的な説明が求められます。そして、就業規則に明記して周知徹底を図りましょう。

従業員が知っておくべきこと

  1. 会社の繁忙期を理解し、早めに相談する。チームの一員として協力的な姿勢を示すことは、結果として円滑な年休取得に繋がります。
  2. 長期休暇は特に事前の調整を心がける。日程変更が難しい予定で休む場合は、なおさらです。できる限り早く会社に**相談**し、業務への影響を最小限にするための調整に協力しましょう。
  3. 万が一の時は、記録と相談を忘れないこと。まず、理不尽な行使をされたと感じたら、やり取りの記録を残しましょう。その上で、不当な要求は**拒否**できる可能性があること、そして**弁護士**のような専門家に**相談**する選択肢があることを覚えておくべきです。

結局のところ、年休問題は法律論だけでは解決しません。むしろ、互いの立場を尊重し、日頃から密にコミュニケーションを取ること。それが、無用なトラブルを避ける最も確実な道と言えるでしょう。

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