労務管理

【リスク診断付】みなし労働の労使協定は大丈夫?ナック事件の教訓

あなたの会社は大丈夫?『ナック事件』判決が教える、みなし労働の落とし穴と正しい労使協定の結び方

「うちは、みなし労働時間制だから残業代は出ないよ」
営業職や外勤の多い職場で、当たり前のように交わされるこの言葉。しかし、その根拠となっている「労使協定」が、実は法的に「無効」かもしれないとしたら…?

この記事では、多くの企業に衝撃を与えた『ナック事件』最高裁判決を分かりやすく紐解き、「事業場外みなし労働時間制」の適用に不可欠な労使協定の、知られざる落とし穴を解説します。

「うちの協定はちゃんと結んでいるから大丈夫」と思っている経営者や人事担当者の方、そして「この制度、本当に正しいの?」と疑問を持つ従業員の方、双方にとって必見の内容です。自社の労使協定が“時限爆弾”になっていないか、診断チェックリストで確認しましょう。

そもそも「事業場外みなし労働時間制」とは?

本題に入る前に、制度の基本をおさらいします。「事業場外みなし労働時間制」(労働基準法第38条の2)とは、営業職などで、会社の外で働くため、実際の労働時間を正確に計算するのが難しい場合に、「労使協定で定めた時間だけ働いたとみなす」ことができる制度です。
例えば、協定で「8時間」と定めれば、実労働時間が9時間でも7時間でも、その日は「8時間」働いたと計算されます。多くの企業で、残業代管理の簡素化のために導入されています。

『ナック事件』最高裁判決の衝撃 ― なぜ労使協定は「無効」とされたのか?

事件の概要はこうです。
営業社員が「みなし労働時間制は無効だ」として、会社に未払い残業代などを求めて訴訟を起こしました。会社側は、もちろん有効な労使協定を結んでいると主張しました。

しかし、最高裁判所の結論「労使協定は無効」。会社は残業代の支払いを命じられました。

衝撃的なのは、その無効とされた理由です。協定に書かれた内容(例えば、みなし労働時間)に問題があったわけではありませんでした。問題視されたのは、ただ一点。
「労使協定を締結した従業員代表の選出プロセスが、民主的に行われていなかった」
という点でした。

この判決は、たとえ形式的に労使協定が存在していても、その締結プロセスに正当性がなければ、協定は根本から効力を失うという、極めて重い事実をすべての企業に突きつけたのです。

【リスク診断】あなたの会社の労使協定は“時限爆弾”になっていませんか?

ナック事件は他人事ではありません。あなたの会社の労使協定は、法的に有効だと自信を持って言えますか?
以下の5つの質問は、ナック事件の判例に基づき、あなたの会社の労使協定が無効とされるリスクを診断するために作成したものです。一つでも「はい」があれば、それは危険信号です。

質問1:【会社の指名・介入】従業員代表は、会社や管理職が一方的に指名したり、「この人にしてほしい」といった誘導を行ったりして選ばれていませんか?
質問2:【目的の不明確さ】従業員代表を選ぶ際に、「事業場外みなし労働時間制の労使協定を結ぶため」という重要な目的が、全従業員に明確に周知されていませんでしたか?
質問3:【非民主的なプロセス】選出プロセスが、全従業員が参加できる投票や挙手といった民主的な手続きを経ず、不透明な形で進められませんでしたか?
質問4:【管理監督者の選出】選ばれた従業員代表は、部長や工場長といった「管理監督者」の立場の者ではありませんか?
質問5:【協定の未周知】締結された労使協定の内容は、いつでも誰でも閲覧できる形で、全従業員に周知徹底されていますか?

ナック事件の轍を踏まない!正しい従業員代表の選出プロセス

診断結果はいかがでしたか?もし一つでも「はい」があったなら、直ちに行動を起こすべきです。
では、どうすれば有効な労使協定を結べるのか。ナック事件が教える、正しい代表者選出の3つの鉄則は以下の通りです。

鉄則1:目的の周知徹底

まず、「事業場外みなし労働時間制の協定を結ぶために、従業員代表を選出します」という目的を、全従業員に明確に告知します。朝礼での発表、掲示板への張り紙、社内メールなど、全員が確実に知る方法で行うことが重要です。

鉄則2:民主的な選出プロセス

労働者の過半数がその人選を支持していることが客観的にわかる、民主的な手続きを踏まなければなりません。

  • 具体例: 投票(記名・無記名)、挙手、候補者を立てての信任投票、従業員の話し合いや持ち回りでの決議など。

重要なのは、従業員たちの自発的な意思で選ばれるプロセスです。

鉄則3:会社の不介入

会社(経営者や管理職)は、代表者の選出プロセスに一切介入してはいけません。特定の人物を指名したり、投票に影響を与えるような言動をしたりすることは、選出の正当性を根本から覆す行為です。

よくある質問(FAQ)

Q1. うちの会社に労働組合がない場合はどうすればいいですか?

A1. 労働組合がないからこそ、この「従業員の過半数を代表する者」の選出が極めて重要になります。労働組合がある場合はその代表者が自動的に協定の当事者になりますが、ない場合は、上記の鉄則を守って、全従業員の中から代表者を選出しなければなりません。

Q2. もし労使協定が無効だと判断されたら、どうなりますか?

A2. 「みなし労働時間制」そのものが適用されなくなり、会社は従業員の実際の労働時間を把握し、それに基づいて残業代を支払う義務が生じます。過去に遡って、未払い残業代の支払いを請求されるリスクが非常に高くなります。

Q3. 一度選んだ代表者は、ずっと有効ですか?

A3. 労使協定には有効期間を定めるのが一般的です。協定を更新する際には、その都度、改めて従業員代表を選出し直すのが最も安全で望ましい方法です。

まとめ:その協定、「プロセス」は本当に正しいですか?

ナック事件が私たちに突きつけた教訓は、「結果(協定書)だけでなく、プロセス(選出過程)こそが重要である」という、組織運営の根幹に関わる真実です。形式的に書類を整えるだけでは、もはや企業のリスクは防げません。

経営者、人事担当者、そしてすべての従業員の皆さん。
この記事をきっかけに、自社の労使協定が、真に民主的で正当なプロセスを経て結ばれたものか、今一度確認してみてください。その一手間が、未来の大きなリスクからあなたの会社を守る、何よりの盾となるはずです。

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