それは退職勧奨?「復職するなら遠隔地へ」休職明けの不当な異動命令を拒否するための法的知識
「体調は万全です。一日も早く、またチームに貢献したい」
数ヶ月にわたる適応障害の治療を終え、あなたがそう伝えた時、会社は笑顔で「復帰おめでとう」と言ってくれたかもしれません。しかし、その直後に告げられた言葉に、あなたは耳を疑います。
「復職の件だが、君には来月から北海道支社へ行ってもらう。心機一転、頑張ってくれたまえ」
家族も、主治医も、生活の拠点も全てこの場所にあるのに、なぜ今、明らかに通勤不可能な遠隔地へ? これは本当に、あなたのキャリアを考えての「配転命令」なのでしょうか。それとも、復職への道を断ち、自主退職へと追い込むための巧妙な「退職勧奨」なのでしょうか。
もしあなたが今、休職明けの不当な異動に悩み、それを拒否したいと切に願っているなら、この記事はあなたのための「武器」です。
会社があなたから奪おうとしているのは、単なる職場ではありません。それは、あなたが懸命に築き上げてきたキャリアと、平穏な生活そのものです。その理不尽な命令に、泣き寝入りする必要は一切ありません。
この記事の要点
「壊された梯子」- その異動命令は権利の濫用かもしれない
あなたは心身を回復させるため、一時的にキャリアの梯子を一段降りました。会社は、あなたが再び登ってくるのを支える「安全な梯子」を用意する義務があります。しかし、会社が提示した遠隔地への異動は、あなたが登るべき段を意図的に壊し、戻る道を断つ行為、すなわち「壊された梯子」に他なりません。
そして、その行為は法的に「権利の濫用」として、無効を主張できる可能性があります。
最高裁が示す「配転命令権の濫用」という判断基準
会社には、原則として従業員に異動を命じる権利(配転命令権)があります。しかし、その権利は無制限ではありません。判例の最高峰である「東亜ペイント事件」では、配転命令が以下のケースに当てはまる場合、「権利の濫用」として無効になると示されています。
その異動がなければ本当に業務が回らないのか?なぜ、休職明けのあなたでなければならないのか?
遠隔地への異動による家庭生活への深刻な影響や、病状の悪化リスクなどを指します。
あなたのケースはどうでしょうか?「休職明けの社員をわざわざ遠隔地に送る」という会社の判断に、本当に合理的な「業務上の必要性」はあるのでしょうか。その命令が、あなたの生活に「著しい不利益」を与えることは明らかではないでしょうか。これらは、休職明けの不当な異動を拒否するための、極めて強力な法的根拠となり得ます。
梯子を修理する道具箱:不当な異動を拒否するための3つのステップ
壊された梯子の前で絶望する必要はありません。あなたには、その梯子を自らの手で修理するための「道具箱」があります。
- ステップ1:診断書に「魔法の一文」を加える(証拠の準備)
まず、あなたの最大の味方である主治医に相談してください。そして、復職を許可する診断書に、「復職にあたっては、心身への負荷を考慮し、当面の間は現住居から通勤可能な範囲での勤務が望ましい」という趣旨の一文を加えてもらってください。これは、異動があなたの健康リスクを高めることを示す「医学的な証拠」となります。(参考:ベリーベスト法律事務所|不当な配置転換(配転)を拒否したい!) - ステップ2:会社の真意を問い質す(交渉)
診断書を準備したら、人事担当者との面談に臨みます。感情的にならず、冷静に、しかし毅然と質問し、必ず会話を録音してください。「なぜ、休職明けの私を遠隔地へ異動させる業務上の具体的な必要性があるのか」「この異動が私の生活に与える著しい不利益をどう考えるか」などを問いただしましょう。 - ステップ3:公的な第三者に助けを求める(相談・調停)
会社との直接交渉が難しい場合は、一人で戦わず、すぐに外部の専門機関に相談してください。
結論:あなたのキャリアの梯子は、誰にも壊させない
休職明けの社員に対する、配慮を欠いた遠隔地への異動命令。それは、本来あるべき復職支援(参考:厚生労働省 こころの耳)の理念とは真逆の行為であり、実質的な「退職勧奨」です。そして、その不当な命令を拒否することは、あなたに与えられた正当な権利です。
あなたのキャリアの梯子は、あなた自身が一段一段、懸命に登ってきた大切なものです。それを、会社の都合で理不尽に壊させてはなりません。
この記事で手に入れた「道具箱」の中身を使い、まずは主治医に相談し、そして会社の真意を問いただすところから始めてください。その小さな一歩が、あなたのキャリアと尊厳を守るための、大きな一歩となるはずです。あなたは、一人ではありません。
よくある質問 (FAQ)
Q1: 雇用契約書に「転勤を命じることがある」と書いてあったら、もう拒否できませんか?
A1: いいえ、そんなことはありません。雇用契約書に包括的な同意があったとしても、具体的な異動命令が「権利の濫用」にあたる場合は、無効を主張できます。「業務上の必要性」や「労働者の不利益」の度合いが、個別のケースで判断されます。
Q2: 異動を拒否したら、解雇されてしまわないか心配です。
A2: 権利の濫用にあたる無効な異動命令を拒否したことを理由とする解雇は、無効(解雇権の濫用)となる可能性が極めて高いです。しかし、会社が強行してくるリスクはゼロではありません。だからこそ、事前に弁護士などの専門家に相談し、適切な対応を準備しておくことが重要です。
Q3: 異動は仕方ないとして、せめて手当などで補償してもらうことはできますか?
A3: はい、交渉の選択肢の一つです。異動の撤回が難しい場合でも、単身赴任手当、住宅手当、帰省費用の負担拡大など、異動に伴う不利益を軽減するための条件交渉は可能です。これも弁護士に相談しながら、どこまで要求できるかを探っていくのが良いでしょう。
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