イントロダクション:治療する側が、瀕死の患者になっている
私たちの命を救う最後の砦、病院。その場所が、今まさに自らが重篤な患者となり、静かに死に向かっているとしたら…?にわかには信じがたい悪夢ですが、これは紛れもない現実です。
今年上半期の医療機関の倒産は35件。過去最多だった昨年を上回るペースで、白衣の天使たちが働く現場が次々と姿を消しています。「事業継続の危機」「このままでは病院は間違いなくつぶれます」。これは、大学病院のトップたちが発した悲痛な叫びです。
自らは「治療する側」であるはずの病院が、今や重篤な疾患を抱えた一人の『治療不能な患者』と化しています。
では、病院の倒産はなぜ起きるのか?この記事では、瀕死の状態にある日本の医療現場を蝕む“病”の正体を徹底的に解剖し、手遅れになる前に私たちが知るべき事実を明らかにします。
【診断】病名は「構造的収支悪化」。収入なき支出増の地獄
患者(病院)が苦しむ症状は、慢性的で悪化の一途をたどる「経営赤字」です。
帝国データバンクの調査によれば、病院の倒産は過去最悪のペースで進んでいます。さらに国立大学病院長会議の報告では、全国の大学病院の赤字額が前年度の60億円から285億円へと爆発的に増加。実に7割の大学病院が赤字という異常事態です。
なぜ、これほどまでに経営が悪化しているのか。その病因は、極めてシンプルな経済の原則が崩壊していることにあります。
病因1:支出の異常な亢進(物価・人件費の高騰)
病院の支出は、私たちの想像を絶する勢いで膨らんでいます。国立大学病院のデータを見ると、2018年度から2024年度にかけて、人件費が16%、水道光熱費が39%も増加しました。最先端の医薬品や治療材料、建物の清掃や保守点検といった委託費も高騰し続けています。
病因2:収入の絶対的抑制(公定価格「診療報酬」)
問題は、この異常な支出増に対し、収入が全く追いついていないことです。病院の収入の大部分は、国が定める公定価格「診療報酬」によって決まっています。一般企業であれば価格転嫁できますが、病院は自分たちで診察料を値上げすることは絶対にできません。国の方針で低く抑えられてきた結果、今の病院は「入ってくるお金は固く縛られ、出ていくお金だけが天井知らず」という構造的欠陥の中にいるのです。
【症状の進行】蝕まれる身体、流出する免疫細胞
この重篤な疾患は、患者(病院)の身体を確実に蝕んでいます。現場では、すでに限界を超えた悲鳴が上がっています。
- 老朽化する臓器(医療機器の更新不能):
「本当は5年で買い替えるべきCT(約1億円)を15年使っている」。多くの病院が耐用年数を過ぎた機器を使い続けざるを得ず、医療の質と安全が脅かされています。 - 流出する免疫細胞(人材の維持・確保の困難):
他産業並みの賃上げができず、優秀な医師や看護師が次々と離れています。特に大学病院の医師の給与は低く、高い志だけでは人材をつなぎ止められない限界に来ています。
休憩時間の消灯や医薬品の共同購入など、血のにじむようなコスト削減努力は続けられていますが、これらは対症療法に過ぎません。病気の根本原因にメスを入れない限り、患者の衰弱は止まらないのです。
【質疑応答】病院の危機に関するQ&A
日本の医療は、誰もが平等に必要な医療を受けられるように「国民皆保険制度」に基づいています。そのため、医療行為の価格(診療報酬)は国が一律に定めており、病院が個別に設定することは法律で禁じられています。これが、物価高騰を価格に転嫁できない根本的な理由です。
かかりつけの病院がなくなれば、別の病院を探さなければなりません。特に地方では、地域の基幹病院がなくなると救急医療や専門医療が受けられなくなり、地域全体の医療が崩壊する危険性があります。通院や入院中の患者さんは、転院を余儀なくされます。
【処方箋】この患者を、社会はどう救うのか
病院の倒産はなぜ起きるのか。
その答えは、個々の病院の経営努力の不足などでは断じてなく、収入(診療報酬)を国が抑制し続ける一方で、支出(コスト)だけが社会経済の波に乗り続けるという、制度そのものの構造的欠陥にあります。
このままでは、地域から病院がなくなり、お金を払っても質の高い医療を受けられない「医療崩壊」が現実のものとなります。命を救うはずの病院自身が、「治療不能」な患者として死を迎える前に、私たちにできることは何でしょうか。
現場の病院団体は、「診療報酬10%超の改定」や「緊急の補正予算」といった、大胆な外科手術と集中治療を国に求めています。
政治がこの瀕死の患者の声に耳を傾け、延命措置ではない、根本的な治療(制度改革)に踏み切れるか。それは、私たち国民一人ひとりが、この問題を「自分たちの命の問題」として捉え、声を上げ続けられるかにかかっているのかもしれません。
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