人事

「支給日在籍要件は違法?」死亡退職の賞与裁判、新判決を弁護士が解説

あなたの会社の就業規則に、こんな一文はありませんか?

「賞与は、基準日(支給日)に在籍する従業員に対してのみ支給する」

多くの企業で“常識”とされるこの「支給日在籍要件」。しかし、もし、賞与支給日の前日に、長年会社に貢献してきた従業員が不慮の事故で亡くなってしまったら…?

「残念ですが、支給日には在籍されていないので、賞与はお支払いできません」

本当に、そんな非情な結論が許されるのでしょうか。実は近年、この古くからの慣習に対し「支給日在籍要件は違法」と判断されうる、画期的な判決が下されました。そこで今回は、この問題を最新の裁判例を基に、弁護士が分かりやすく解説します。

📖物語の始まり:ある農園の悲しい出来事

少し想像してみてください。
ここに、皆で力を合わせて作物を育てる「農園」があります。春に種を蒔き、夏の暑い日も、雨の日も、仲間と共に汗を流してきました。そして秋、見事な作物が実り、農園は大きな利益を上げました。

年に二度、この農園では収穫を祝う「収穫祭」が開かれます。つまり、頑張った仲間とその家族が集い、採れたての作物を分かち合う、特別な日です。

しかし、ある年の収穫祭の前日。収穫のために誰よりも熱心に働いていた仲間の一人が、不慮の事故で亡くなってしまいました。もちろん、農園の誰もが、彼の死を悼みました。

そして収穫祭の日。農園の主は、亡くなった仲間の家族にこう告げました。

「誠に残念だが、村の掟でね。『収穫祭の当日に、この場にいる者』にしか作物は分け与えられないことになっているんだ。彼が頑張ってくれたことには感謝しているが…」

…あなたはこの農園の主の判断を、どう思いますか?

⚖️判決の核心:「村の掟」は常に正しいとは限らない

この「農園の収穫祭」の物語は、まさに近年の裁判で争われた「賞与と支給日在籍要件」の問題そのものです。

実際に、2022年に松山地方裁判所でこのようなケースがありました。ある従業員が、賞与の算定期間に満額勤務し会社の業績に貢献したにもかかわらず、支給日直前に亡くなってしまったのです。そして、会社は賞与を支払いませんでした。(参考: 弁護士法人栄光 栄光綜合法律事務所 判例紹介

遺族が起こした裁判で、裁判所は「賞与を支払わないのは無効(違法)」という画期的な判断を下しました。
なぜなら、その「村の掟(支給日在籍要件)」の適用が、「公序良俗(こうじょりょうぞく)に反する」と判断されたからです。

キーワード解説:公序良俗違反とは?

「公序良俗」とは、難しく聞こえるかもしれませんが、要するに「社会の常識や倫理観」のことです。(参考: 契約ウォッチ 公序良俗とは?
例えば、法律や契約書のルールであっても、「人として、それはあまりに酷い」「社会の常識から考えて、そのルールを適用するのはおかしい」という場合には、そのルールが無効になる、という考え方です。

裁判所は、賞与の性質を二つの側面から分析しました。

  1. 過去の労働への対価(収穫への貢献度)
    算定期間中の働きや貢献に対して支払われる「後払い」の給料。
  2. 将来への期待(来年も頼むよ、という期待料)
    今後のさらなる活躍を期待し、従業員の意欲を高めるためのインセンティブ。

多くの企業は2の「将来への期待」を根拠に、「辞める人や亡くなった人には払う必要はない」と考えてきました。しかし、今回の判決では異なる判断が示されました。死亡退職は**「労働者本人には何の責任もない、予測もできない理由」**です。そのため、これを理由に賞与をゼロにすることは、1の「過去の労働への対価」という側面を完全に無視するものであり、社会の倫理観に照らして許されない(公序良俗に反する)、と結論付けたのです。(参考: 弁護士法人ししかど法律事務所 解説記事

👥自己都合退職とは何が違うのか?

「じゃあ、支給日前に自己都合で退職する人にも賞与を払わないのは違法なの?」
そう思われる方も多いでしょう。

結論から言うと、自己都合退職のケースでは、支給日在籍要件が有効とされる場合がほとんどです。事実、過去の裁判例でも、企業側の主張が認められる傾向にあります。(参考: 厚生労働省 確かめよう労働条件

その違いは「労働者本人に、在籍しないことへの責任があるか否か」にあります。

自己都合退職

労働者自身の意思で「支給日に在籍しない」ことを選択している

死亡退職

労働者本人の意思とは全く無関係に、突然「在籍できなく」なる

つまり、自分の意思で収穫祭への参加をやめた人と、参加したくてもできなかった人とでは、事情が全く異なるのです。このように、今回の判決は、この極めて個人的で避けられない「死」という事情を鑑みた、非常に人間的な判断だったと言えるでしょう。

✍️企業の法務・人事担当者が今すぐすべきこと

この判決を受け、企業の就業規則もアップデートが必要です。もし、あなたの会社の就業規則に、例外なく「支給日在籍要件」が定められている場合、それは将来的に法的なリスクを抱える可能性があります。

<就業規則の改定案>

(現行)
第XX条(賞与)
2. 賞与は、支給日に在籍する従業員にのみ支給する。


(改定案)
第XX条(賞与)
2. 賞与は、支給日に在籍する従業員にのみ支給する。ただし、算定期間中に勤務した従業員が、本人の責に帰すべからざる事由(死亡を含む)により支給日前に退職した場合は、その貢献度に応じて相当額を支給することがある。

このように、但し書きで例外規定を設けることで、不測の事態に備え、無用なトラブルを避けることができます。

よくある質問(FAQ)

Q1. 定年退職の場合、支給日在籍要件は適用されますか?

A1. 定年退職は、あらかじめ退職日が確定しており、予測が可能です。この点は労働者の意思とは直接関係ありませんが、死亡退職とは異なります。多くの場合、退職金などで功労に報いる制度が別途設計されているため、賞与の支給日在籍要件は有効とされる可能性が高いです。しかし、就業規則の定め方によっては争いの種になるため、定年退職時の賞与について明記しておくことが望ましいでしょう。

Q2. 会社都合の解雇(リストラ)の場合はどうなりますか?

A2. これは非常にデリケートな問題です。なぜなら、労働者側に責任のない解雇であるため、死亡退職のケースと考え方が近くなる可能性があるからです。したがって、過去の労働への対価として、貢献度に応じた賞与の支払いを求める交渉の余地は十分にあると考えられます。(参考: 広島県 労働相談Q&A

Q3. 今回の判決は、すべての会社に適用されるのですか?

A3. この判決は、あくまで個別の事案に対する一つの地方裁判所の判断です。しかし、公序良俗という普遍的な原則に則っています。そのため、今後の同種の裁判において重要な判断基準となる可能性は極めて高いと言えます。これを機に、自社の就業規則を見直すことが、企業にとっても従業員にとっても最善の道です。

🌟まとめ:法律は、最も弱い立場の人を守るためにある

「支給日在籍要件」は、長年、企業の裁量として広く認められてきました。しかし、そのルールが、人の死という抗いようのない現実の前で、あまりにも機械的で非情な結果を生むのであれば、それはもはや“常識”とは言えません。

このように、今回の判決は、法律やルールが単なる文字の羅列ではなく、人間の尊厳や倫理観に根差すべきものであることを、私たちに改めて教えてくれました。

働くあなたも、会社を経営するあなたも、一度、自社の就業規則を「収穫祭の掟」に照らし合わせてみてください。その掟は、共に汗を流した仲間への感謝と敬意に満ちていますか?それとも、冷たいそろばん勘定だけが記されていますか?

この機会に、ぜひ一度、確認してみてください。

© 2025 株式会社一心堂. All Rights Reserved.

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP